前回に引き続き日常でよくみられる詭弁を紹介したいと思います。
詭弁というのは日常生活でも多数見受けられるものなので、相手の屁理屈に惑わされないようにしましょう。
早すぎる一般化
A「私が付き合った男は2人共浮気をした。男というのはみんな浮気性なのよ」
二人の男が浮気したからと言って男全員が浮気性だと考えるのは早計です。なにしろ世界に男は数十億人いるのですから。男全員が浮気性であるかどうかは男全員と付き合ってみないと分からないことです。
数万人を対象に統計を取ったわけでもないのに、すぐに「中国人はマナーが悪い」「韓国人は性格が悪い」などという人たちも同様です。
一般化するためには膨大なデータを取ってきてから分析しなければなりませんが、それ抜きで一般化して語ることはできません。
論点のすり替え
A「タバコの煙はひどいから止めろと言うが、自動車の排ガスのほうがずっとひどいじゃないか」
Aはタバコの煙の話を排ガスの話にすり替えようとしています。そもそもタバコの煙がひどいことと排ガスの煙には何の関係もありません。仮に排ガスのほうがひどいのだとしても、「たばこの煙がひどいから止めろ」ということに対する反論にはなっていません。
相手の指摘を棚に上げて自分の言い分を展開しようとする、いわゆる「日本語が通じない状態」というやつです。
誰も言ってないことに反論する
A「お金はとても大切だと思う」
B「そんなことはない。Aはお金より大事なものはないというが、愛情や友情をないがしろにしてまでお金を求めるのは浅ましいことだ」
誰もそんなことは言ってないにも関わらず、相手の主張を勝手に自己解釈してから反論を浴びせるという詭弁です。相手の主張を誤解しており、議論にすらなっていません。相手の話を全く聞かない人によく見られる詭弁です。
上の場合でいうと、Aはただお金の重要性を主張しただけにも関わらず、Bはお金以上に大切なものはないと誤解しています。
誤解から正当な議論は生まれませんし、正当な議論なくして正しい結論が導かれないのは言うまでもありません。
多数派の押し付け
A「一人だけそんなことしちゃいけないよ。皆そうしてるんだから」
多数派の価値観を押し付けられて嫌な思いをした人も中にはいるのではないでしょうか。これは多数論証と呼ばれる詭弁です。多くの人がそうしている=正しいという思考停止から展開されるのがこの詭弁です。
多数決で正しいと言えることは、「その意見を持つ人間が大勢居た」というだけであって、その意見が正しいかどうかは全く別の話です。
人格批判
A「あいつは童貞だから、何を言っても説得力がない。」
発言の内容に説得力がないことを指摘するのではなく、発言者自身に対して攻撃することを対人論証と言います。童貞であることと発言内容には関係がないのですから、ただの人格攻撃になっており、反論としては成立していません。
相手の言い分ではなく相手そのものへ攻撃を加えているのですから、もはや議論ではなくただの暴言です。
真実マン
A「お前のやってることは偽善だよ。本当の善人だったらそんなことはしない」
「本当の」「真の」などの言葉を使って相手の考えより自分の考えのほうが優れている、正しいと主張する詭弁です。「本当の善人」という謎の概念を持ち出し、それに該当しない相手は間違っているというわけです。
なお、ここでいう「本当の○○」というのは「私の考える○○は」という意味に過ぎない場合が多いです。
「本当に優しい人だったら~」
「真の善人たるもの、○○して当然だ」
「本物の日本人だったら~」
よく聞くこれらのセリフも、所詮その人が勝手に思っている概念に過ぎませんので、いちいち聞くに値しません。