完璧主義を放棄する、他人に期待しない・・・生きていくために身に付けるべき考え方や価値観

生きていると辛いことや苦しいことがたくさんあります。どうしても仕方ないものもありますが、それらは本人の考え方や価値観に問題があることが大半です。

今回は、これからの世の中を生きていく上で身に付けておくと有利な考え方や価値観について解説します。

他人には一切期待しない

ストレスの8割は人間関係によるものだと言われていますが、そのストレスを大幅に減らすためには「他人に一切期待しない」という考え方を身に付けることです。

期待とは「喜びの前借り」です。期待が高まるとワクワクしますが、これは得られる結果を考えることによって高揚感やいい気分を前借りしているだけなのです。

もしもその期待を裏切られると前借りしていた分のいい気分や高揚感を強制的に返済させられます。これこそが「期待外れ」「期待して損した」と言われる原因です。

実際には他人も期待通りには動いてはくれないものです。したがって、他人に期待をして生きていると、必然的に期待外れによるストレスを受ける機会が非常に多くなってしまいます。

仮に期待通りになったとしても、結果が出る前にすでに喜びやワクワク感を消費してしまっているのであまり喜べません。

このように、他者に期待する以上、期待外れでも期待通りでもあまり喜ぶことができません。他人に期待するというのはあまり得なことがないのです。

なので、「最初から、他人には一切期待しない」というのが、ストレスを抑えてよりよく生きるために最も重要です。

完璧主義を捨てる

要領よく生きていくためには「完璧主義を捨てること」が必須です。物事を完璧にやろうとするとほんの小さなミスも許容できなくなり、精神的に非常に疲れてしまいます。

完璧を目指すあまり、細部も徹底的に詰めなければならないという強迫観念にとらわれてしまい、いつまで経っても完成させることができなくなります。

仕事がいつまでたっても完成しないので、結局中途半端な状態で出すか、何の成果も出せずにタイムアップということになりがちです。

そもそもこの世界には完璧な人間など存在しないのですから、完璧主義は根本から間違いだと言わざるを得ません。

完璧を目指したところで結局完璧な成果など誰にも出せやしませんし、ただただ時間がかかるだけです。仕事には納期があり、テストには制限時間があります。大事なのは、その時間制限の中でどれだけマシな結果を追求できるかにかかっているのです。

完璧を目指すよりもまず終わらせましょう。クオリティを上げるのはその後からでも間に合いますが、納期や制限時間は伸びたりしないのですから。

この世の不利益は全て当人の実力不足

残酷な言い方になってしまいますが、「この世の不利益は全て当人の能力不足」です。

この世界で唯一頼れるのは自分自身のみです。他人はいつも期待通りには動いてくれませんし、家族であっても信用に値するかは実に怪しいものです。長年の仲間もいつ裏切るかは分かりません。

そしてこの世界は弱肉強食です。資本家は労働者から搾取し、政治家は国民から奪い、いじめっ子はいじめられっ子を蹂躙します。強者がいつも良い思いをし、弱者は嫌な目に会うというのは今も昔も変わらないことです。

モテないのも貧乏なのもいじめられるのも全て自分の実力が足らないからです。弱者側が虐げられるのは当たり前なのに、自分が強者側に回る努力を怠ってきたのが悪いのです。

そういうと「いや、運も関係あるだろ」「生まれや育ちが悪いのがいけないんだ」と反論してくる人がいます。確かに、運や環境によって物事が左右されることもあります。何か不利益をこうむってしまったときに

「社会のせいだ」
「親が悪い」
「上司がうざい」
「運が悪かった」
「あいつのせいで」

などと言いたくなることも多々あります。

しかし、こういった言葉を言った時点でその人は負け組となります。なぜならば、環境や他人のせいにした時点でその人にできることは、何1つなくなるからです。

生きていれば分かると思いますが、他人も環境もそう簡単には変えられません

もし生まれや育ちが悪いのだとするならば、その人はもう生まれ直すことでしか人生を変えることができないということになりますが、そんなことは不可能です。

運が悪いのだとすれば、あなたの人生は全て運によって支配されることを認めることになります。あなたの人生を左右するのは運のみであって、あなたにできることは何一つないということになります。

しかし、すべての不利益が自分の責任だと考えるならば、「自分さえ変えることができれば全ての物事が自分の手によって改善可能」ということになります。

もちろん、自分の弱さと真正面から向き合い、すべての責任を取る生き方をするのは辛いものがあります。しかし、そう考えることによって「この世のすべてが自分次第」ということになります。

この世の辛さや自分の弱さを全て受け入れて進むことによって、はじめて「自分を改善しよう」という考え方や行動に至り、人生を好転させることができるようになります。

騙される方が悪い

あまり声を大にして言いたくはありませんが、騙す人と騙される人がいたとするならば、「騙される方が悪い」と言わざるを得ません。

もちろん詐欺の被害に遭った人に対して気の毒に思うこともあるでしょうし、裁判になれば騙した側が裁きを受けることになるでしょう。しかし実際問題としては、やはり騙される人の方が悪いと言わざるを得ません。

「人を騙すのは悪いことです」などという言葉をみんな口をそろえて言いますが、実際に世の中で得をするのは、人を騙すことを何とも思わないような人たちばかりです。

「人を騙してはいけません」などという毒にも薬にもならない言葉では誰も救うことができません。そんな耳障りの良い道徳論がまかり通るほど世の中は優しくできていません。

それに詐欺にあった人の話をよくよく聞いてみると、「騙される方が悪いだろ」としか言いようのない事が多いです。

「もしもし俺だけど、急にお金が必要になってさ」
「あなたに1億円差し上げたいので、手数料10万円振り込んでください」
「簡単に儲けられる耳寄り話があるんですが」
「絶対に返すから○万円貸して」

騙される人というのは、こういった話を簡単に信じ込んでしまいます。そこを詐欺師などの悪い人間に付け込まれるのです。

騙される人というのは基本的に頭が悪く、欲望を制御できていません。人の話を聞いて、

「ちょっと待て、そんな都合のいい話があるわけないじゃないか」
「この人の言っていることは本当なのか?」

という発想にすら思い至らず、相手の言葉が正しいのかどうかの吟味を怠り、簡単に信じ込んでしまいます。

そういった人間が騙されてしまうのはもはや当然のことです。相手の言葉の意味を考えることを放棄しているわけですから騙されるのは必然のことであり、事実として救いようがありません。

「人を騙してはいけません」「人を騙すことは悪いことです」などと言ったところで人を騙す人は居なくなったりはしませんし、騙した側が得をすることには変わりありません。

そんな世の中で生きていくためには「騙される方が悪い」という苦い事実を受け入れ、自分が騙されないように自衛していくしかないのです。

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